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→1st Side M 深夜だと言うのに、今日と言う日は、やけに外が騒がしい。 それもそうだ、今日は大晦日、一年を締めくくり、新しい年への第一歩を踏み出す日。 1LDKマンションの三階のリビングに隣接した狭いテラスへ続く窓から、ぼんやりと見える眼下の光景には、笑いながら、最寄りの神社へと足を運ぶ人々。 暗い話題ばかりで、終始気が滅入るような一年だったが、流石にこのめでたい日に、浮かない顔は似合わない。 一年の最後の日なのだ、明るい顔が似つかわしいだろう。 薄緑色の大きくて柔軟な4人掛けソファの上に寝転んで、思考を巡らせる。 ふと、壁掛け時計を見てみれば、夜の11時30分。 今年もあと29分と数十秒なんだな、という、どこか感慨深い思いが、僕の心を擽り、それは僕の表情さえも柔らかく解した。 流れるように食卓の上に視線を落とすと、ちょうど二人分のホットコーヒーを湛えたマグカップが、華奢な腕によって置かれていく所だ。 僕は上体を起こし、その腕の主に視線を合わせる。 「ん、モララー、どうかしたの?」 微笑みながら、不思議そうに、僕の名を呼ぶ、淡い桃色のAA。 やや幼さを残す『彼女』の灰色の眼が、確かに僕を捉えていた。 「や、何だかんだでしぃと二人で年を越すのは初めてだなぁ、と、思ってね。 不覚にもしみじみとしてしまったんだよ。」 「ふーん……。 てっきり不埒な事でも考えてるんじゃないかと思ったんだけど。」 くっくと笑いながら、珍しく少し本音の混じった僕の心情を語ってみれば、彼女は呆れたような口ぶりで指摘する。 嗚呼、君のその指摘はずばり当たっている。 何故なら、『オトコ』という生き物は、元来そういったものだからだ。 「うん、そういう思考も僕の中には少し有るかな。」 「…………バカ。」 恥ずかしそうな表情を隠すように身を翻し、彼女はキッチンの方へと戻って行った。 何もバカは無いだろう、僕は本音を包み隠さず言っただけなのに。 しかし、こういう何気ない会話こそが、幸せなのかも知れないと、僕は感じた。 立ち上がって食卓の黄色いマグカップを取って、湯気の立つコーヒーを啜った。 ほんのりとした苦味が僕の舌を満足させる。 もう一個のピンクのマグカップにもコーヒーが入っているのだが、そちらは角砂糖が3つに、コーヒーフレッシュが2つ入っていた。 しぃはブラックコーヒーが飲めず、こうやって、甘くしないと、喉を通らないそうだ。 しぃは、やや気の強い外向きの性格とは異なり、内面は、非常にはにかみ屋で、それでいて、意地っ張りなのだ。 よく周囲の人からは、その性格が災いして、甘い物がそれほど好きでは無く、どちらかと言うと辛党のようだ、と、思われている。 もちろん、その考えが、先入観による、勝手な推測であることは、間違い無い。 実際、彼女は、大の甘党だ。 今日だって、冷蔵庫に夕食後に一緒に食べようと、チョコレートケーキを入れておいて、それを彼女が発見した時の嬉しそうな顔と言ったら、筆舌に尽くし難い。 僕はしぃの、そんな所が、好意に値するのかも知れない。 ちなみにこの事実は、僕としぃ自身、それと一部の特に親しい親友しか知らない。 もう一度啜ったコーヒーは、砂糖など入れていないはずなのに、どこか甘い気がした。 |
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→2st Side C 時計の針が進んで夜11時45分、マグカップに入っていた甘ったるいコーヒーも、すっからかんだ。 今私が座っているソファー、その隣には、薄い黄色のAAが寝転がっている。 寝転がって何をするのでもなく、『彼』は文庫本を読んでいる。 何の本かはブックカバーがしてあり、よく分からない。 正直、私は彼が苦手。 あくまで「嫌い」なのでは無く、「苦手」。 本当に小さい頃からの付き合いなのに、不思議。 彼の漆黒の瞳と、ポーカーフェイスからは、何を考えているか読み取れなくて、それでいて、滅多に本音を口にせず、冗談ばかりな言動が目立つ。 彼の事を知っている人の十中八九は、彼の本心を窺い知ることができていないだろう。 だけど、何故か私は彼が居ると非常に安心感を覚える。 それに、理由なんてあるのか、一日中模索したこともあるけれど、答えは出なかった。 きっと、深い理由なんてない、そう思う。 本能レベルで感じる、そんな感情なのだろう。 さっきから、外の通路が騒がしい。 恐らく、今から初詣に行こうという人が、何人か通ったのだと思う。 ここから最寄りの神社までは、歩いて3分。 最寄りの駅よりも、ほんの少し離れているくらいだ。 毎年、初詣の時だけ神社では、お汁粉が無料(お代わり自由・たくあん有)で振る舞われている。 それを目的に、ここへ初詣に訪れる人も、近辺では少なくない。 去年は私は億劫だからと言って、初詣に行ったのは正月三ヶ日の最終日だった。 その時の大晦日は、モララーと一緒では無く、一人家で寂しく炬燵で紅白漫才合戦を見ていた。 どうせこんな風にダラダラ過ごすのなら、去年もモララーと一緒にいれば良かった。 全く、去年に限って「暇だったら家来る〜?」というモララーの誘いを断ったのは誰? それは他でもない私なのだが。 あの時はあまりに突然の事で気が動転していたと思う。 別にあいつにとっては深い意味は無かったのだろうが、それでも、私にとっては初めての事だったので、恥ずかしかった。 とっさに口走って、「わ……私はあんたと違って暇じゃないの!」と、怒鳴ってしまった。 その時の彼は「ふーん、ちょっと残念。」と、気にも留めないように去って行った。 しかし、私は普段あまり感情を露わにしないモララーの去り際の表情が、どこか寂しそうだったように見えて、家に帰った後、つくづく反省したもの、いい思い出だ。 突然、モララーが、その場に本を置いて立ち上がる。 「どこか行くの?」と聞けば、「ちょっと野暮用。」と返ってくる。 彼がこう言う時は、大抵用を足しに行く時だ。 彼の居なくなったソファーは、私には広すぎて、ぽっかりと穴があいたような感じ。 思わず私は隙間を埋めるように、ソファーにうつ伏せに寝転んだ。 お腹のあたりに、モララーの置いて行った文庫本があったので、手にとって、パラパラとめくって、流し読んでみる。 『夏の夕暮れ』という題名の書かれたやや厚めの本は、私には少し難しくて、流し読みでは、全く理解できない内容だった。 あっという間に、後書きにたどり着いて、私は、モララーは本を買う時には、決まって後書きを先に読む癖があることを思い出した。 常々その理由を訊こう訊こうと思っていたのだが、すっかり忘れていたようだ。 私は本をソファーの背もたれの上に置き、改めてうつ伏せに寝転ぶ。 刹那、私は、ソファーにまだ残っているモララーの温もりと、ほのかな柑橘類系の香りを感じた。 彼は小さな時から柑橘類、それもレモンに特別愛着を示していた。 彼が作る御菓子は大抵レモン風味だったし、好きな飲み物はレモンティーだし、唐揚げにだってレモン汁をかける。 きっと、体用石鹸か、シャンプーか何かにレモンの香りがする物を使っているのだろう。 ふと彼の居ないリビングとキッチンを見回すと、台所用洗剤も、レモンの香りと書いてある。 気が付くと私は、「檸檬」と聞けば「彼」をイメージするようになっていた。 私もレモンは嫌いでは無いし、むしろ好きな果物の部類に入るだろう。 そう考えた所で、私は今自分の部屋で使っている芳香剤が、レモンの香りであったことを思い出し、なんだか恥ずかしくなった。 ほんの些細な接点でも、彼と同じ部分があって、嬉しい。 私がそんな考えでクスクスと笑っているうちに、モララーが少し長めの「野暮用」から戻って来た。 彼は、私を見るなり、「何一人でニヤニヤしてんの?」と、意地悪く訊くが、私も同じように意地悪く「なんでもなーいよ。」と笑いながら答えを返す。 何だろう、こういった些細なやり取りですら、私にとっては本当に大事な瞬間なんだなと思う。 「普通が一番」と誰かが言っていたが、私は今、確かにそうだな、と感じた。 |
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→3st Side M 「ねぇ、そろそろ初詣行かない?」 しぃが提案してきたのは、彼女がソファから上体を起こしたのと同時だった。 「今年もあと10分しか無いし、今ならまだ神社に居る人もそんなに居ないと思うから、さ。」 僕は考える。 外は極寒の寒さであり、寒さに弱い僕にとっては厳しい環境の中行動せざるを得ない。 しかし、彼女と二人で初詣というのは、非常に魅力的な提案だった。 ただこの提案は些か意味深な発言でもある。 彼女にとって、僕は「恋人」では無いし、同時に、僕にとっても、彼女は「コイビト」では無い。 おかしな話である。 では何故、彼女は僕のおおよそ冗談染みた提案を受けて、僕の家(部屋・マンションの一室)に上がり込み、あまつさえ年越しソバを二人で食べて、今まさに初詣に行こうと僕を誘うのだろうか。 僕は考える。 もしかしたらこれは僕を陥れる為の罠ではないのかと。 いや、その可能性は1%も無いだろう。 実際、僕としぃは15年間も幼馴染であり親友という関係であったからだ。 万が一にでも、僕は彼女に恨まれるような行動はしていないし、怒りを買うような言動もした覚えは無い。 だとしたら何故僕はここで承諾する事を躊躇しているのだろう。 答えは最初から決まっていたんじゃないのかモララー。 行動せねばならぬ時は、漢は身の危険を呈してでも、行動を起こさねばならぬのだ。 「あー……、そうだな。 じゃあ行こうか、その前にコートとか着てくるから、ちょっと待ってて。」 「了解っ。」 しぃの提案を呑み、僕は寝室にあるクローゼットから、黒いトレンチコートを取り出して、着る。 しぃと同じく親友のギコや、モナーからは「中年臭いな(笑)」と顰蹙を買ったいわくつきのコートだ。 僕はこのコートを気に入っていた。 何故なら、防水性・防寒性に優れており、その他の面を踏まえても、非常に機能的だと思ったからだ。 どうやら僕は見た目よりも機能性を重視する性格らしい。 さらに、寝室に置いてある机の上にほっぽり出してある、毛糸で編まれた、4本のマフラーを手に取る。 一つは、山吹色と濃いオレンジ色のボーダー柄が目を引くマフラー。 一つは、ピンク色で、ややモコモコとした、非常に暖かそうなマフラー。 一つは、蒼色・白色・灰色のボーダー柄の、普通より長めに作られてあるマフラー。 一つは、白色と黒色という、モノクロームな柄の、シンプルなマフラー。 これら4つのマフラーは、僕が親友にプレゼントする為に、11月ごろから、こっそりと編んでいた、手編みのマフラーである。 男で編み物が趣味だと言うのは、世間的には女々しいのかも知れないが、今は男女平等の世の中だ、それを追及するのは愚問だろうと僕は思う。 リビングから、「まだー?」という声が聞こえたので、急いで蒼・白・灰のマフラーとモノクロのマフラーを、その場に置いて、残る二つのマフラーを手に、リビングへ駆けた。 「遅い! 今年が終わるまであと7分なんだから、急いでよ!」 既に玄関の前まで移動していた彼女は、白いトレンチコートを着ていた。 秘かにトレンチコート繋がりであるが、僕は生憎お揃いの服で揃えるといった行動はあまり意味が無いように思っている。 「悪い悪い、ちょっと渡したい物があってさ。 ほら、これ。」 僕は左手に持ったマフラー、ピンク色の暖かそうなそれをしぃに渡す。 右手には自分用に作った山吹色とオレンジ色のそれを持っていた。 差し出すときに、うっかり逆の手を差し出そうとしていたが、肝心な場面で間違えなくて良かったと、ポーカーフェイスを装って、内心焦った。 「え……これって、モララーが作ったの? うわぁ〜すごく暖かそう! 」 ちょっと怒っていた顔から、満面の笑みへと表情が変わる。 僕も喜んでもらえて、とても嬉しい。 僕は出来るだけ嬉しさを外に出さずに、付け加える。 「他にもさ、こいつと、ギコとモナーの分があるんだけど。 しぃ用に作ったそれが一番製作期間が長かったんだ。」 「そう……なんだ……。」 呟きながら、早速しぃは自らの首に、僕の渡したそれを巻いていた。 自分の作ったものが、自分の手を離れて、他人のものになる。 これが嫁を送り出す親の心境なのだろうか? 巻き終って、彼女はその場ではにかみながら一回転してみせる。 「えへへ……、どうかな? モララー、似合ってる?」 それが率直な質問であると判断した僕は、少し冗談を交えて、自分の本音を彼女に伝えることにした。 「むぅ……まさかこれ程までに似合うとは……、自分の編み物のセンスが正直恐ろしくなるよ。」 少し怒った顔がもう一度見たかったのだが、僕の思惑とは違い、彼女は微笑みながら言う。 「ありがと、褒め言葉として受け取っておくね。 ……本当にありがとう、モララー。」 ……結果オーライだが、まぁ、しぃの嬉しそうな顔が見れて何よりだった。 ふと、携帯電話で時刻を確認すると、新年まであと5分を切っている。 ちょっと時間を食い過ぎたかな……。 「そりゃあどういたしまして。 ……っと、こんなやり取りをしている間に、時間が押してるんだが。」 彼女に、僕の携帯で画面表示されている時計を見せると、彼女も少し焦ったようである。 「うひゃあ! 走らないと間に合わないかも。 さ、モララー、行くよ!」 唐突に手を掴まれ、しぃが先導するように玄関を開け、走り出す。 僕はそれに引き摺られて、危うく転びそうになったが、何とか立て直した。 「全く、君がもう少し御淑やかなら、完全に僕の理想像なのにな。」 彼女に聞こえない程度の小声で、僕は呟く。 よく考えたら、図らずとも彼女と手を繋いでいることに気が付いた。 これは……オイシいかも知れん……。 |
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→4st Side C 寒空の中、私はいつの間にか彼と手を繋いで走っている。 あの時……モララーにマフラーを貰って、恥ずかしさと嬉しさを隠す為に、手を牽いて走り始めたんだ。 今思えば、顔が茹だってしまうほど、恥ずかしい気がする。 体力も運動神経も無いくせに、私はバカだな、と、自覚し、走りから、歩きへと移行した。 息が苦しい、少し無理をしてしまったようだ。 後ろの彼は全く息が上がっていない。 「大丈夫か?」と黄色とオレンジのマフラーを身に付けた黒いコートの彼は、いつものポーカーフェイスながら、声色は心配そうに言う。 私は荒い息で「なんとかね。」とだけ、返しておいた。 彼は「それならいいんだが、無茶はするなよ?」と言った。 何も考えてい無さそうで、実は気配りが効くのが彼なのだ。 全身が熱いのは、急に走ったことだけが原因じゃないのかも知れない。 気が付くと、最寄りの神社は、すぐ目の前だった。 ゆっくりと歩きながら、まだ彼と手を繋いでいるという事実が、そこに存在することを確かめる。 その事実は私を安心感で満たさせるには十分すぎた。 そう、私はきっと、彼に―特別な感情を抱いているんだろう。 呼吸のリズムと、心拍が落ち着く頃には、私とモララーは神社の境内に入っていた。 既に沢山の人々が、お汁粉を振る舞うテントに列をなし、一方では数十人が大きな焚火を囲んでいた。 皆が皆、明るい顔ではなかったが、多くの人は、来年こそは明るい年になるようにと願わんばかりの、笑顔に満ち溢れている。 そういえば、もう新年を迎えてしまったのだろうか。 私は携帯電話で時刻を確認する。 2008年、12月31日、水曜日、午後11時59分3秒。 ギリギリ間に合ったようで何よりだ。 「ふむ、年が明ける前に来れたようだね。 さぁ、御賽銭の準備はしたかい?」 横から時刻を覗き見た彼がそういうものだから、私は一旦繋いだ手を放し、自分のコートに入っている財布から、5円玉を探す。 周囲は少し暗いので、10円と5円は、ちょっと見分け辛い。 10円、100円、500円、50円、また100円、ジャラジャラと、やけに多い小銭をさばくって見たものの、当の5円玉は見つからない。 私はモララーに助けを求める。 「あのさ……モララーは5円玉余ってない? 私、こんな時に限って5円玉が無いの……どうしよう……。」 そうお願いしてみると、彼ったら、やけに含み笑いをしながら、私に5円玉を差し出した。 「こんな事もあろうかと、昨日のうちに5円玉を財布にストックしておいた甲斐があったみたいだな。 ほれ、後生この恩は忘れるなよ?」 彼から渡された5円玉はほのかに熱を帯びていた。 たぶん私が5円玉を探している時に、ずっと握りしめていたのだろう。 私が5円玉を持っていないと、彼が最初からそう思っていたというのは、私を少しイラっとさせたが、今は彼の厚意に甘えておこう。 どうやら、彼とやりとりをしている間に新年を迎えたらしく、周囲の人々が時計や携帯電話をみながら「あけましておめでとう!」と口々に交わし合うのが見受けられた。 それに伴い、賽銭箱の前には少しずつだが、確実に初詣客の列が形成されてきている。 「私達も並びに行かなきゃ―」と、言いかけた時、急に私の左手が、ぐいっと引っ張られた。 モララーが、私の手をとり、先導しているのだ。 「ほら急ぐぞ、早くしないとかなり待たされる破目になるからな。」 「う……うん!」 突然の事で不意を突かれたが、さっきの玄関でも、同じようなことを、私は彼にしているのだ。 どことなく彼の顔も「これでお互い様だな!」とでも言わんばかりの笑顔だった。 正直この15年間の付き合いで、ここまで彼が純粋に笑う所を、私は初めて見た。 つられて私も、自然と純粋な笑みが浮かんだ。 彼の咄嗟の機転(行動?)のお陰で、私とモララーは、わりと早い順番を獲得することができた。 その間に、私は賽銭をいくらにしようか考える。 15円は、「十分ご縁がありますように」で、25円なら、「二重にご縁がありますように」だって、この前テレビで言ってたような気がする。 どれにしようか、と思い悩んだので、彼に相談してみよう。 「ねぇ、モララーは御賽銭、いくら出すの?」 「僕? 僕は2951円だけど。」 凄く中途半端な金額であり、賽銭にしては高すぎる金額、さらには全く5円玉が必要ない金額でもある。 私は不思議に思い、「どうして?」と理由を訊いてみた。 返ってきた答えは、単純明快。 「2951で、『福来い』って語呂あわせだよ。 よく店舗運営者が賽銭に選ぶ金額なんだそうだよ。」 ああ成程、これも、15円や、25円などといった金額と同じ、語呂あわせなんだ。 私は納得した面持ちで、もう一つ彼に訊いた。 「じゃあ私は御賽銭いくら出そうかな、モララー、決めてくれない?」 「ん……、29451円でどう? 『福よ来い』って事で。」 「えぇ〜! そんなに私お金持ってないよ〜! 冗談言ってないで真剣に答えてよ!」 相変わらず、モララーはマイペースだ。 もしも本当に賽銭を29451円も入れる人が居たらこの目で見てみたい。 彼は下顎に手を当て、少し考える仕草をとる。 十秒もしないうちに次の提案が飛び出す。 「なら、65円で。」 「それはどういう語呂あわせなの? どうせロクな意味じゃないでしょ?」 「当たり、『ロクな縁が無い』って意味だから、本来は敬遠される賽銭の金額なんだ。」 呆れて声も出ない。 そんなに彼は私を陥れたいのだろうか、一年間ロクな人付き合いをさせないつもりなのだろうか。 もしかして他に何か他意でもあるのかも知れないが。 私は落胆したように、財布から50円を取り出し、ポケットに入れておいた5円玉と合わせて、55円を賽銭にすることに決めた。 「ふぅん、55円か。 『後生縁がありますように』って、意味だね。」 彼が横から注釈する。 私は無言だったが、心の中で彼の雑学知識に素直に感心した。 が、しかし、続けて彼はこう言った。 「せっかくなら565円入れればいいのに。 『後生ロクな縁が無い』って事で……。」 がっくり。 どうして悪い方向に彼は持って行きたがるのか、それの意図する事は、今の私には理解できない。 だが、私の取るべき次の行動は、既に私の中で決定されていた。 何はともあれ、4分程度で私たちの順番が廻ってきた。 私とモララーは、ほぼ同時のタイミングで、賽銭箱に賽銭を投げいれ、二拝二拍手一拝で、御参りを済ませた。 拝んでいる時に、私は、「後生、良い縁がありますように。」と、彼が言っていた通りのことを願った。 |
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→5st Side M 一応の御参りを済ませた後から、しぃが口を聴いてくれない。 賽銭関連でちょっとからかったのが悪かったのだろう。 ただ、なぜか手だけはあっちから繋いできた。 ……もしかして寒いのだろうか、もしそうだったのならば、マフラーと同時に、手袋も作っておけばよかったと少し後悔する。 今僕達は、参拝者に振る舞われるお汁粉を配っているテントに伸びている列の先頭近くにいる。 目当てはもちろん、お汁粉(と、たくあん)だ。 何処かで聞いた話によると、こういった初詣で振る舞われる甘酒や清酒を飲むと、厄除けになるそうだ。 できる事なら、一年間厄とはかかわり合いになりたくない。 しかし気になるのは先ほどからの、しぃの態度。 視線が合っても、ふい、と、すぐに目を逸らしてしまう。 これはやり過ぎたな、と僕は反省した。 こう言う時は、素直に謝っておいた方が得策だろうな。 僕は意を決して彼女に謝罪を述べようとした。 「あの、さ。 さっきは悪かったよ。 もしかして怒ってる?」 誠心誠意からの謝罪の言葉、いつもの自分だったら、かなり屈辱的な心境なのだが、今はそうでも無く、本心から、謝りたいという気持ちでいっぱいだった。 彼女は僕の目をみると、微かに笑って、応えてくれた。 「ううん、別に怒ってないよ。 ただ、モララーの方から謝ってくれるかどうか試してみたくて、怒った振りをしてたんだ。 こっちこそごめんね?」 なんだ、そういう事だったのか、と、僕は安堵のため息をついた。 結局勝手に手を繋いだことも、相手をからかったのも、お互い様だった、という事か。 少しだけ、彼女に試されていたという事実が、僕をムっとさせたが、彼女の楽しそうな笑顔を見たら、そんなことはもうどうでもよくなっていた。 そうこうしているうちに、僕達は列の先頭になっていた。 お汁粉を受け取るために手を伸ばすと、「モララー! それにしぃちゃんじゃないモナか!」と声をかけられた。 顔をあげて、目の前にいる人物を見てみれば、暖かそうな私服の上に厄年会の法被を身につけた白いAA、僕達の友人が一人、モナーだった。 どうして彼がこんな所でこんな事をしているんだろう、年齢を考えれば僕達はまだ19歳、厄年ではないはずなのだが。 「びっくりした! どうしてモナー君がお手伝いをしてるの?」 しぃが、モナーから、お汁粉の入った茶碗(持ち帰り可能で、干支の動物が描かれている)を受け取りながら、彼に尋ねる。 対するモナーは、やや不本意そうな口ぶりで、答えた。 「本当はモナの親父が厄年で出るはずだったんだけど、今日に限って風邪ひいて寝込んじゃって、代わりにモナが厄年でもないのに、人員不足と称して連れて行かれたんだモナ。」 「そ……それは災難だったね……。」 確かに彼女の言うとおり、新年早々、モナーは災難に見舞われたようだ。 大晦日に風邪をひくモナーの父親もそれはどうかと思ったのだが、病気なら仕方ない。 「年始からこの調子だと、今年のモナーの運気はどん底だね。」と、からかってみると、「全くもってその通りだモナ。」と、半ば今年は諦めたかのような答えが返ってきた。 「そーいえば、二人で初詣モナか? 随分と仲がよろしいみたいモナね、モララーとしぃちゃんは。」 モナーが不思議そうに僕達に問いかける。 モナーの口調が、少し意地の悪い姑みたいな声に聞こえた。 仲が良いとは一体どういう意味なんだ、それは「シンユウ」としてなのか、「コイビト」としてなのか。 僕は彼の質問を聞こえなかったことにして、様子を見た。 「えへへ、そうかもね。 やっぱりモナー君にはそう見える?」 「見えるモナ、まるで二人とも付き合ってるみたいにピッタリ寄り添って、手まで繋いじゃってさ。 (ギコが見たらきっと嫉妬するモナね。)」 質問を曖昧にごまかし、モナーに逆に質問を振るしぃ。 細い眼をさらに細くしたモナーは冷やかすように、しぃの質問に答えたが、最後の注釈は、小声過ぎてどうやらしぃは聞き取れなかったようだ。 うーん、やっぱりモナーは僕達のことを「恋人」みたいだと思っているらしい。 これは……その……彼女が僕にそういう気があるって事でいいんだろうか。 彼女からの明確な答えが無い限り、短絡的かつ感情に奔った言動は避けるべきだろう。 ふと、後ろを見てみると、明らかにイライラとした視線が、僕達二人と、モナーを睨んでいた。 少し話が過ぎたみたいだ。 「それじゃモナー、後ろがつっかえてるから、僕達はこれで。 モナーも後でお汁粉飲めば、厄払いになると思うよ。」 しぃを手招きして、列からズレる。 当のモナー本人は、「何故お汁粉を飲むと厄払いになるんだモナ?」とでも言いたそうな顔で僕達に手を振って見送ってくれた。 彼女も僕も、ちょいと煮え切らないけど、また後日、親友同士で集まった時に話の続きをすればいいかと、僕は思った。 さて、ここからは家への帰路。 マフラーにお汁粉を溢さぬ様に啜りながら、僕と彼女は、自然と二人並んで鳥居をくぐっていた。 |
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→6st Side C お汁粉を啜りながらの帰路。 私もモララーも、物を食べる時は、一言も喋らない。 モナー君にはああ言ってしまったけど、彼の方は、私の事をどう思ってるんだろう。 ポーカーフェイスな彼の表情からは、全く解らない。 確かに、私とモララーは15年間、つまり四歳、幼稚園の頃から、お互いのことを知っていて、親交がある、いわば幼馴染という間柄だ。 よくある少女漫画や、恋愛小説でも、幼馴染の男女が恋に落ちるのは、定番のパターンと化している。 彼の親兄弟を除けば、きっと私はモララーのことを一番よく知っている人物だろう。 私にはその自信がある。 やっぱり、私はモララーは『苦手』だけど、『嫌い』じゃない。 私の事をからかって楽しんでいるように見えて、実は気にかけてくれている一面もあった。 考えてることが表情からはなかなか窺い知れないけれど、彼が嫌な奴じゃないってことははっきりしているから。 冗談や軽口はよく言うけれど、その中身は決して皮肉や嫌味なんかじゃないってことは理解できるから。 そういう部分も含めて、私はモララーのことが『苦手』なんだけど、『好き』なのかも知れない。 私の早合点なんじゃないかとも思うけれど、今日の彼の態度を見てみると、この気持ちに確信が持てるような気がする。 モララーの部屋のあるマンションの目の前まで帰って来た、時刻はまだ午前0時17分。 たった20分強しかあの場に居なかったとは思えない。 彼も私も、すっかりお汁粉は食べ終え、割り箸と碗は、途中に置いてきた。 悪い事だと思うけど、きっと厄年会の人が回収して周るだろう。 このまま部屋に戻って彼は寝るだけだろうし、私の家も近いから、彼はたぶん、もう私は帰るものだと思っている。 このままじゃ、私の得る物は、確証の無い気持ちと、彼のマフラーだけ。 彼の気持を訊いてみるんだったら、今しか無いんじゃないか。 私はそう思って、彼に声をかけた。 「モララー、ちょっと。」 「ん?」 短い返事が返ってくると同時に、彼が私の目をじっと見る。 まるで、これから私の問いかける質問が何なのか、あらかじめ解っていたようだった。 数秒の沈黙の後、意を決して、私は彼に本題を突き付ける。 「あ……あのさ、モララーは、正直、私のこと、どう思ってる?」 率直に、今私が、モララーに聞きたいことを、少し躊躇ったけれど、正直に、それでいて端的に尋ねた。 「……それって、モナーが、僕と君が付き合ってるように見えるって、言ったことに関係があるの?」 やっぱり―彼には最初からお見通しだったのだろうか、私は包み隠さず、無言で、首を縦に振り、肯定の意を表した。 すると彼は神社に居た時と同じく、下顎に手を当てて、考える仕草をとる。 目を閉じて下を向いているその表情は、彼にしては非常に悩んでいるように見える。 そのまま数分が経った。 わずか数分の出来事なのに、私には何十分のことのように感じた。 周囲に人はおらず、寒々とした外の空気の中、私達だけが、確かにそこに居た。 「そう……だな……。」 再び目を見開いて、モララーが言葉を発する。 私は心臓の拍動が速くなっていくのを、確かに感じる。 「単刀直入に言うと―、僕の君に対する気持ちは、恐らく『好意』そのものだろう。 ただ、その気持ちは今は曖昧なもので、決して明確なものではないけれどね。」 彼は、確かに単刀直入に答えを提示する。 だけど、その返答は、8割の確証と、2割の疑問要素が含まれていた。 「さて、僕は君の質問に答えた。 じゃあ逆に同じことを訊くが―」 彼が私の眼をキッと見つめ、私に問う。 「―『しぃ』は、『モララー』のことを、どう思っているんだ?」 |
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→7st Side M モララー、つまり僕は、しぃに本心を伝えてしまった以上、後にも先にも退けない状況に陥ってしまった。 更には彼女に、彼女がしてきた質問を、そのまま返してしまった為、完全に逃げ道を失ったように思える。 ええい、こうなったら、進む所まで進んでしまえ! 僕は視線の先に居る『彼女』から、目を離さず、彼女の返答を待つ。 それがどんな返答であったとしても、僕は後悔はしない。 今そう決めた。 「わ……わたしは……。」 彼女が言葉を発しかけるが、持ち前の気質故の恥ずかしさからか、躊躇しているようだ。 さっきまで平常だった僕の脈拍は、今や異常なほどの昂りを記録している。 周りには誰も居ない、自分と彼女だけの空間がそこにあった。 僅かな沈黙ですら、寒さを一層際立てるような気がしてならない。 彼女が一旦深呼吸をする。 恐らく彼女も、かなりの緊張状態にあるのではないだろうか? 僕も同じような状態なのだが。 そして、永遠とも感じられる沈黙を打ち破って、彼女が遂に、言葉を紡ぎだした。 「私は……、ううん。 私もモララーと同じで、私が君に感じている感情は『好意』だと思うんだ。 それでね、さっきの君の答えで、私は確信したの。 私は、君が『好き』なんだって。」 しぃの答えは、僕の気持ちに足りない部分を、十分過ぎるほどに埋めてくれた。 その言葉を聞いた瞬間、僕は何故か笑っていた。 彼女も笑っていた。 お互いの考えは一緒だった。 それだけで、僕は満足だ。 それ以上説明する言葉は必要ない、そんな風に思って、口走る。 「この気持ち、足りなかったパズルのピースがやっと見つかった感じだよ。 これが世間一般で言う『リョウオモイ』って奴なのかな?」 「だと思う。 うん、本当。」 自分でも驚くほど自然に出た一言に、彼女もしみじみと言葉を返す。 僕は笑いながら、もう一度、同じ感じの口調で、彼女に訊いてみる。 「だとしたら、僕達って、世間一般で言う『シンユウ』じゃなくて、『コイビト』って奴になったってこと?」 「それは違うよ。 私たちは『親友』であって、それでいて『恋人』って奴なんでしょ?」 「何それ、その二つの概念って両立して存在するものなの? 些か初めての事だし、良く分からないよ。」 「えへへー……。 実は私もよく分からない。 そこはかとなく、お互い様だもんね。」 新年の初めに、僕自信の最良の日だと思える出来事。 あまりにも出来過ぎた話で、僕は一瞬不安になって、軽く空いた方の手で、頬を抓る。 単純に痛い。 「痛っつつ……。 ってことは、これは夢じゃないんだね。」 「当たり前でしょ? 私だって、これは夢なんじゃないかって思って、今こっそり手を抓ったけど、すっごく痛かった。 でも、痛いのが、今はとっても幸せ。」 彼女が笑みを浮かべ、両手を繋ぐ。 純粋な、それでいて、少しはにかんだ笑顔。 これからもずっと、この笑顔を守っていきたい。 僕はそう、心に誓う。 お互いが見つめ合い、再び、同じタイミングで笑う。 その瞬間、まるで、神様が僕と彼女を冷やかすように、一陣の寒風が、吹き付けた。 「……ぉお〜寒っ。 ずっと外に居たんだね、僕達。 ……どうする? 今のですっかり目が冴えちゃったよ。」 「んー……ここじゃ凍えちゃうし、立ち話も何だし、さ。 ……き、今日はモララーの家に居ていい? 」 『彼女』の提案に僕は大いに賛同して、「勿論。」とだけ、返した。 彼女の華奢な左手を、僕の右手で繋ぐ。 改めて考えると、やはり恥ずかしいものだ。 たぶん、今夜は15年来の思い出話に、大輪の花が咲くだろうなぁと、僕は彼女の手を牽いて、最後の帰路へと足を進める。 山吹色とオレンジのマフラーと、桃色のマフラーを、緩やかに吹きはじめた風にはためかせながら、もう一度、僕はしぃと、互いに目を合わせ、微笑んだ。 |
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全ての物語に終わりは付き物だ それが幸せな結末か、不幸な結末か、はたまたそのどちらでもないかは 物語の書き手が決めるもので、読み手や、登場人物が決めるものではない 今日と言う日に、2009年という、新たな物語が始まる 願わくば、この物語が、幸せな結末を迎え その次にあるだろう続きの物語も、永久に、かくあるべきもので有らんことを…… END |